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リッこら

Re:ALL製作委員会は一枚岩ではありません。日々委員どうしが小首を傾げ合いながら 冊子を作っています。彼らは一枚岩というよりはむしろ、ガラクタの山のようです。どんなガラクタが埋まっているのか。とにかく委員それぞれが好きなものを書きたいということで始めたコラム、気が向いたら読んでやって下さい。ひょっとしたら、使えるガラクタがあるかもしれません。

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食べ放題

先日、大学の先輩たちと一緒に、スイーツの食べ放題に行った。店内は、色とりどりのフルーツやクリームで飾り付けられたケーキ、タルト、ムースやゼリーが並べられていて、大変食指が動く景観になっていた。先輩たちは、そのよりどりみどりのケーキをこれまたとても見栄えよく美しく盛り付けていた。その横で、山盛りのケーキの皿を手にした一人の学生がいた。
誰であろう。―― そう、この私である。

先輩の盛り付けたお手本のような皿とは対照的に、私の皿には、所せましとケーキが積んであった。配色や置き方などまるで考えない。ありとあらゆる種類のケーキが小さい皿の上に乗せられるだけ、乗せられていた。先輩のプレートがレストランで出される見本のようなものなら、私のはさしずめヴァイキングの酒場で出される料理といったところか。まさにワイルド。女子会に似付かわしくないプレートであった。

これは最近言われて気づいたのだが、私は見かけによらず、食べるほうであるらしい。だが、何も毎食、大食漢のように食べるのではなく、それは食べ放題限定での話だ。食べ放題の楽しみ方は人それぞれであるが、元を取ることにこそ重点を置くべき、というのが私の持論であって、長話をしながら食べるなど、言語道断なことなのだ。昔読んでいた少女マンガの主人公が、食べ物は胃に入ればなんでも同じだと言っていた。全くもって同意見である。だから、食べ放題でのルールもいくつか持っている。(お腹を締め付けない服を着ていくこと、水分はあまりたくさん取らないこと、等々)

だが、何度も言うが、楽しみ方は人それぞれなので私の考えを強制するものでは決してない。先の女子会で、近くに座っていた同級生でメロンソーダを持ってきた女子がいた。食べ放題で甘いものを飲むこと自体を敬遠する私にとって、加えて炭酸を持ってくるなんてもっての外だ。――食べ放題で炭酸はありえない…!つい本音がこぼれてしまった途端、ちょうど帰ってきた先輩の手にも、あの無駄にお腹がいっぱいになる緑の炭酸水があった。慌てて弁解した。

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Working!!

コラムである。以前先輩が書いたものを参考にして書いたらいいよ、といわれたのでぽちぽちと読んでいたのだが、読めば読むほどこんな面白いものが書けるか!という思いが募る一方で迷走しまくりである。迷走し続けた結果締め切りまであと1時間である。さあ、どうしよう。そんな逼迫した状況で書かれたこのコラムであるが、何とぞ生ぬるい目で見守っていただきたい。

いろいろと悩んだ結果、今回は私の人生初のアルバイトについてでもお話ししようかと思う。私は大学付近の某飲食店でバイトをしている。それも入学前の3月の半ばから働き始めるという社畜意識の高さである。なんでそんなことになったのか。新入生がよく発症する3月4月は意識高くなりがち病のせいだった気がする。というか絶対そいつのせいだ。私が今、日本語禁止の英語の授業に苦しんでいるのも確実にそいつの(以下略
ともかく私はそこで働いている。ランチタイムは巣を突然ほじくり返された蟻にも勝るめまぐるしさだし、研修時給(最低賃金なにそれ)は期限未定だし、なにかと世の中甘くないな、と実感させてくれるこのバイト。なにゆえこの温室育ちの小娘がまだ続けていられるのかといえば、理由はこの一言に尽きるだろう。

まかないがおいしい。

いや、他にもたくさんいいところはある。きっとあるはずだ。あるといいなあ。何にせよ、まかないが豪華でおいしいのが最大の魅力であることは確か。ふわとろオムライスやら、特大サイズのとんかつやら、焼きたてのピザやら、刺身のカルパッチョやら。商品として出せば一食で軽く私の時給が吹き飛びそうなメニューばかりだ。昼のまかないは15分で全て食べ切らねばならないという過酷な条件付きだが、その15分で幸せを噛み締めるのが昼シフトの日の日課になっていた。
対照的に夜シフトの時は仕事が終わってからなので大分ゆとりがあるこのまかないタイム。宴会のような状態で数時間喋っていることもざらだった。そのためか、バイト同士や店長との距離は近めで、学校生活の話なんかもよくしている。それ自体は私も楽しいし、いいことだと思うのだ。ただ一つ、店長が顔を合わすたびに「彼氏できた?」と聞いてくること以外は。

少し話は変わるが、この総体的にみれば幸せといえるこのバイトにも問題はある。それはなんといっても人員不足だ。ホールがバイト一人と店長だけということもよくあるし、週に2、3回は「明日誰かシフト入って(>_<)」という切実なメールが店長から届く。この緊急事態に私も協力するべく、バイトを探していた友人を何人か引きずり込も……楽しいバイトの仲間にしようと画策したのだがあえなく失敗。就活メンバーもそろそろ抜け始める時期で人出不足に拍車がかかる一方である。
つまるところ、何が言いたいかというと、
「バイト募集してます。」

平田桜子 

家電量販店でアルバイトしている大学生

読者の皆さんにまず、お聞きしたい。
「家電量販店でバイトしたこと、あります?」
まあ、多くの人が「てか、そもそも家電量販店で大学生が働けるのか?」とお思いになるでしょう。わたしもその一人でございました。バイト情報サイトで家電量販店の募集を見つけたときの衝撃というと言い過ぎになる驚きを今もなんとなく思い出せます。しかし、時給が高かった!それを決め手に応募したわたし。初月から時給1400円だよ!応募するしかないでしょ!そして、面接に関するメールが届き、またもや驚いたわたし。面接の方法に〈スカイプ〉の文字があったのです!もちろん、直接、自分が出向いての面接もありましたが、その家電量販店の本社にまで行かねばならず、遠いし行く時間もなかったわたしはスカイプ面接に挑戦することと相成りました。ワイシャツにスーツの上着(下はジーパン)でスカイプ面接に臨んだわたし。順調に進んでいったが、そこで衝撃の事実を知る。それは「時給変動制」だということ。三か月に一度、時給が見直されるんだと。それについてどう思うかを質問されたので、「(えーーーーーーーー)学生のうちから能力があれば評価されることはいいことだと思います。」と答えました。その後、無事採用され、現在わたしは家電量販店で働く大学生というマイノリティーに属しております。
ここで、家電量販店で働く上で大事なことを一つ。それは、メモをとること!!
これは他のアルバイトでも同じだと思います。教わったことはもちろん、先輩の接客を見て「いいな」と思ったことをメモします。というか、しないと注意されるので、習慣になりつつあります。(まだ習慣になっていないわたしはダメダメですな、でも働き始めて一か月だし、これからだよね(´▽`*))
ここからは、家電量販店でどのような経験をわたしがしているかについてお伝えしていこうと思います。勤務初日は身だしなみや言葉づかいなど勤務の仕方についてのビデオをひたすら観て終わりました。ビデオのあとに確認テストがありますが、お茶の子さいさいですよ。二日目からは実際に売り場に出て、まずレジの使い方を教わり、すぐにお客様のお会計をまかされます。このときは緊張しましたが、近くに先輩がいてくれるので、わからないことはすぐ聞けました。レジの扱いに慣れたら、次はいよいよ、商品の特徴、スペックや商品説明の仕方を教わります。そして、先輩の後ろにくっついて色々学ぶわけですよ。お客様への話しかけ方とか、わかりやすい説明の進め方とか、本当に色々ですよ。ずっとメモです。
ここまでを読んでいただくと、「覚えることが多くて大変そう」とお思いになるでしょうが、そんなことはございません。確かに、覚えることはたくさんですが、わたしは大学に行ってからの勤務なので、夕方から閉店までの時間に働くことになり、平日だと特にお客さんはそんなに来ないし、それに加えて、わたしはまだ新人なので、できることも限られ、先輩や上司に見守られているため、非常に働きやすいです。(先輩、本当にありがとうございます。あなたの存在がどれだけ心強いか!)また、シフトもかなり融通が利きますよ!ねっ、いいでしょ!ただ、世間が夏休みなどの長期休暇に入ると、めちゃくちゃ忙しくなるそうなので、現在わたしは夏がくるのが怖いです…

 土屋 茜

どんなことにも熱くなれよぉ!

 今回何を書こうかと考えた時、つい最近合格体験記なるものを書いたことを思い出したので、高校時代に私がやらかしたことでも記そうと思う。
 
 高3の時のことである。受験もいよいよ今冬に迫り、浮かれている余裕がなくなってきた頃、私は友人たちと盛り上がっていることがあった。
 先生でやくざパロ。
 受験期といっても、精神安定剤(笑)が必要であった私は、身近なもので代用できないかと考えていた。そこで思いついたのは、当時私たちが心の中に持っていた「推しセン」だった。私たちの授業を担当されていた先生たちは、ほぼ中年男性でイケメンとまではいかなかったのだが、「キャー、イケオジー!」と私たちは勝手に盛り上がっていた。さながらアイドルファンの如く、好みの先生を慕っていたものである。授業中の雑談も聞きもらすことなくメモして……おっと、誰か来たようだ。
 それから、私たちは彼らの関係性に目をつけた。なにしろF先生(ヘタレ童顔の男性)と私の推しセンであったO先生(長身痩躯の壮年男性)の仲の良さったらそりゃあもう。おまけに、やくざ似の先生がいたため、私の思考回路は目まぐるしく稼働した。
「T先生を頭にして、F先生若旦那にしてさ、それでO先生をその世話役というか右腕にして。で、S先生はそのライバルと対立してる組長とか(以下略)」
 私と友人はその時、熱い握手を交わした。同志誕生の瞬間である。瞬く間に、私と友人の間で設定は拡大を続け、お世話になっている先生で組織図は完成した。舞台設定として、まず裏社会を牛耳る魔王的存在、Y(CV:校長)が、二つの組に「君たちが先生になれば面白いと思うんだー」という無理難題を押し付け、私立高校建てちゃったよという話。無茶である。いいんです、受験生だもの。精神の支えは必要である。なんと言っても、会いに行けるアイドル、教えを請いに行けるアイドルなのである。教室の前列に座れば、目が合う、距離も近い、指される可能性も高まる、名前だって憶えられる……なんと魅力的だろう。学校に通えることが、毎日楽しくなるではないか。反対意見は認めない。嘘です。
 しかし、私はここで終わらない。部活で小説を書くことになっていた私は、決意した。やるしかないと。私は先生たちで有終の美を飾るのだ、と。
 書き上げた瞬間の達成感は、とても言葉では表現できないものがあった。先生の雑談ネタを作中に散りばめたり、ある先生は作中でほぼ別人になったり、後半戦闘シーンがメインとなったりしたが、問題ない。私はやりきったのだ。
 その後、その小説を事情を知っているクラスメイトに見せたり、モデルとなった先生本人に見せ予想外の反響をもらったりしたのは、いい思い出である。

 誰しも安らぎが必要である。しかし、趣味に没頭しすぎてもいけない時、何が精神安定剤になるかわからない。

五十嵐 由季

満員電車奮闘記

今年の三月下旬、地方から上京してきた。小さな田舎町出身の私は、当初、夢の都会暮らしに胸を躍らせていたものだった。しかしこちらで暮らし始めた途端、その期待はもろくも崩れ去った。現実はそう甘くない。大都会・東京の放つ圧倒的なオーラを目の前にして、私はただ立ち尽くすしかなかった。それから約三カ月が経つ現在でも、以前の暮らしとのギャップに狼狽えることが多々ある。
東京と田舎の違い。挙げればきりがないが、一番違うのはやはり人の数だろう。ちなみに、私の実家のある町の人口は約六千人である。そんな僻地からやってきた私であるから、上京して初めて満員電車というものを経験した。今でも初対面時の衝撃は忘れられない。今回は、そんな田舎者の私と満員電車との出会いをここに記したいと思う。

一限の必修に出席するべく駅のホームで待っていた私に、その時はやってきた。目の前でゆっくりと停車した電車の中には、信じられないくらいの数の人が収まっていた。噂には聞き及んでいた満員電車だったが、ここまでとは思っていなかった。音を立ててドアが開く。堰を切ったように人が溢れ出す。これで少しは人が減るはずだと私は高を括った。しかし実際は奥に乗っていた人を通すためにドア付近にいた人々が降りていただけであり、人の流れが止まると大多数の人が車内へと大急ぎで戻っていったのだ。……おいおい、そりゃないぜ。これじゃあさっきと全然変わってないじゃないか。数人が降りたとはいえ、空いているスペースはほとんどないように思えた。この時点でかなり怖気づいていた私は、足が直ぐに動かない。そんな私を横目に、後方にいた勇者たちは次々と乗り込んでいく。勇者といっても、この車両は女性専用車なので皆さん女性である。それでもアメフト選手さながらのタックルをかましつつじりじりと車内へ身を沈めていく。もう私は挑戦者からただの傍観者へと成り下がっていた。キャリアウーマンらしき女性が電車に片足をかけ、もう片足のピンヒールで必死に踏ん張りながら車内に滑り込んだ時はもはや拍手を送りたいほどだった。そうしてドアは閉まり、電車はゆっくりと去って行った。ホームに私だけを残して。……完敗だ。やはり何年も東京という都市に揉まれてきた猛者とぽっと出の田舎者とじゃ力量が違う。私は己の無力さを痛感した。しかしいつまでも打ちひしがれている場合ではなかった。なんといっても一限必修がかかっているのだ。私は気を取り直し次の電車を待った。
一分後にやって来た電車は、運よく先ほどよりも混んでいなかった。ドアが開き、数人が降り、数人が中に戻る。それでも余裕で乗れるだけの場所はあった。緊張しつつ車内に足を踏み入れる。……なんだ、案外いける。さっきのが異常だっただけか。そう安堵した私だったが、そうはいかなかった。次の瞬間、すごい勢いで背中を押され、ドア付近にいた私は一瞬で中ほどへ追いやられた。そこはまさしく戦場だった。とっさに周りを見回したが、掴まれるようなものはない。八方塞がり。四面楚歌。……降参だ、こちらに勝ち目はない。しかし、白旗を上げている私をあざ笑うかのような車掌の「もう少しお詰めくださーい」の声。もう泣きそうだった。お母さん、東京は怖いところです。
それから目的の駅に着くまでのニ十分もの間、私はこの苦行に耐え続けた。無理な体勢を強いられたために、運動不足の私は翌日筋肉痛になった。

たかが満員電車くらいで何をそんな大げさな、と思う人もいるかもしれない。だが当時の私にとって満員電車はかなりのカルチャーショックで、東京そのものの象徴のようにも思えたのだ。人がたくさんいる。その状況に慣れていなかった私は、それを怖いことのように思ってしまった。まあ今でもそう思うことはある。でも、それはおそらく正しくない。東京には東京のいいところがたくさんあって、それは自分で探しに行かないと見つけられない。怖いからと家に閉じこもっているだけではだめなのだ。満員電車を涼しい顔で乗りこなすくらいの人物にならねばならないのだ。そうなれば、東京に対する見方がもっと変わってくるのではないか。
そう信じて、私はこれからも満員電車に戦いを挑む。

髙橋倭子

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