混雑したラウンジ。
化粧室に一番近い4人掛けの机の上には、昼下がりの陽が射している。
その周りを囲んでいる何人かの文キャン生。
「こないだも38AV教室で、先生がエヴァ流しててさー、私にとってはほんとに、ただの趣味の時間なんだけど!レポートも浜崎あゆみで書いたことあるし!」
「あー?」
「だからだから、ほんっと文キャンってサブカル好きだよねえー。なんか、うちらほんとに勉強してるの?って気になるぅ」
「あのさそういうの、俺すげえムカつくんだよ!別にいいじゃん、エヴァ流しててもアイドル論じても。今の時代、大学生ならそんな感じなの普通だよ普通。つうかそれで真面目に授業聞いてたり論じたりしてるならいいけど、本当にまともにやれてんの?」
「えー真面目にやってるよ!ちゃんとリオタールとかベンヤミンとか引用してるし、こないだのAKBで書いたレポートなんて5000字も書いちゃったんだから!私AKBめっちゃ好きみたいじゃん!って!思っちゃった!」
「ムカつくわー。実にムカつく。なんかそういう中途半端っぽい感じが癪に触るんだよ……。」
「なに、そんなに私のこと嫌いなの?」
「お前というか、文キャンが全体的にクソ過ぎるんだよ!」
「そうかなー。俺は文キャン、確かに自称サブカルっぽいところはぶっちゃけあんまり好きじゃないけど、落ち着いてる人が多いところは好きだよ」
「あー、まあそれはな」
「授業中も喋ってる人とか少ないし。今期、俺オープンで本キャンの授業取ってるんだけど、大教室の後ろ半分とか民度低いなんてもんじゃないよ。スマホ弄ってるか、寝てるか、喋ってるか。男女でいちゃついてる奴も多かったし」
「でもそれ言うと文キャンも、38AVの2階とか民度低くない?」
「そうそう!それこそずっとPC弄ってて、100%こいつ授業受ける気ないだろっていう人が常に1人はいるイメージだわ。だいたいさ、1階の席が空いてるのに2階で受ける人とか、意味わからん。映像観るときとか見えにくいのわかるじゃん」
「あと俺、AV2でよく見る気がするんだけど、授業開始50分とかに平気で教室入ってくる人いるじゃん?しかも割と少なくない」
「あれ私よくやっちゃうんだよねー。あの教室って面白い授業やるじゃん?それが地味に2限に結構あるんだけど、2限とか起きられないじゃん!」
「だから文キャン生はマジでクソなんだよ!遅刻に対しての罪悪感がまるでない。まあ俺も起きられなくて寝ブッチはやるけど!」
「だって文キャン生、そういうときに優しく真ん中の席入れてくれるんだもんねー」
「あれもクソだよ、あの文キャン最深部の謎な森空間」
「えー、あれ緑があって和むじゃないですかー」
「と思って作ったんだろうけど、あれわざとらしいカップルホイホイにしか見えないわ。夜にあの電燈の下のベンチに座りにいくカップルを想像すると虫唾が走るもいいとこだろ。あれだな、いかにも路上ライブしてそうなアーケードの脇のところに、マイクスタンドと椅子がガッチリ準備されてて、『後は座るだけ!』みたいになってたらやだろ?そんな感じ」
「わざとらしいのは確かにな。でもフリーペーパーの撮影とかでよくあそこ使うじゃん、そういう意味ではいい働きしてるよ」
「ところで文キャンの階数表示ってよくわからなくないですか?僕たちがいるここは2階っていうことになってますけど、これも少し紛らわしいですし」
「そうですよね…私もエレベーターでここの上から降りてくるとき、つい1階のボタン押しちゃいます…そしたら変なところに降りちゃって……」
「ここもそうだけど何が一番謎かって、あそこのガラス張りのとこから見える31号館だよ。ラウンジ出て上がりも下がりもしないで、真っ直ぐ31号館行くとするだろ?あの意味わからん外の通路からしか入れない教室の表示は1階なんだよな。そりゃ階数わかんなくなるわ。お前、次元とか違うのかって」
「あとあれだよな、36号館の裏あたりにある喫煙所、夜は一見さんお断りみたいな空気で通り抜け辛いよな」
「そう?私は気にしないで通っちゃうよ」
「その通りづらさ俺もわかるけど、夜のなんか怪しい通り辛さはいいんだ。いい感じにみんな留年生っぽいクズな感じが。でも、昼休みとか3限あたりの空気は最悪だと思うわ。擬似リア充とガチリア充と人間的に駄目な奴しかいなさそう」
「べっつにそんなのわかんなくね?見た目で」
「まあ36号館の裏はともかく、文カフェ横は間違いなくそんな感じだと俺思うよ」
「えーそうかー?」
「そういえばさ、多元って今年は去年より若干調子良さそうだけど、相変わらず人気のなさは群を抜いてるよね。俺もあそこにはすっげえ悪いイメージしか持ってないけど、講義とか見ると意外と面白そうなことやってんじゃん」
「そうなんだよね、俺はあれ、あまりにも『多元はダメだろ』的な神話が文キャン内に定着しすぎてるからだと思う」
「あっ、それ超わかるー。私もサークルの先輩とかにめっちゃ言われたもん。先輩と論系トークになったときはまず多元DISるよね!」
「だから多元はもっと面白いことやってるっていうのをアピールしたほうがいいと思うんだよ、ガイダンスとかシラバスとかで。そういえば多元のフリーペーパーを出そうとしてる人がいるみたいな噂も聞いたことあるんだけど、どうなったのかなあれ。」
「あと不思議なのはさー、文カフェの外の席だよね。あそこを敢えて半屋外にした理由がいまいちわからない。なんでかって、あそこ夏とか冬の気温じゃ誰も使わないわけじゃん。ということはだよ、授業ある時期考えたら、あそこ使うのって主に4・5・10月ぐらいなんだよね。なのにわざわざあんな広いとこ半屋外席にする必要あるか?って、ないでしょ」
「でもさーあそこ、ちょうどいい気温のとき気持ちよくない?あたしは好き」
「そういうのはそれこそ、ラウンジ外のそこのテラス席的なとこ行けばいいんだよ!あとベンチとかもキャンパス内沢山あんじゃねえか」
「そう、俺が言いたかったのはそういうこと」
「そういうとこいけ好かないんだよ文キャンは!なんかちょっとおしゃれっぽくしたらいいんじゃね?みたいなね」
「文カフェと言えばさあ、入口のあのガラス張りの大きな扉あるじゃん?あれあたし重くて開けられないんだよねえ、体ごと寄っかかって押すもん!」
「そういうアピールは別にいらないかな」
「ところであのフェンスって、いつまであるんでしょうね?」
「うーん俺が入ってからずっとあるから、なんか、もはやこれからもずっとあるような気がするわ。いや真面目な話、少なくとも4月にはなくなってるっぽいよ」
「あれが文キャンの迷宮たる由縁じゃん。あれなくなって開けた感じの眺めになるのはすごい良いんだけどさ、ちょっとさみしい気もしない?」
「それあれだ、口内炎がなくなっ
「て」
気がつくと、机に一人で座っている。外は真っ暗。
今ちょうど、一組の男女が自動ドアから出て行くところ。
入れ違いに、警備員さんが入ってくる。柱の時計は22時前を指す。
「こんばんは」
警備員さんは答えない。
手に持った木魚を叩き出す。
ポクポクポク…
僕の体はだんだん消えていく。
足、手、腹、胸、首、…………
最後に視界が閉じる。
そんな夢がみてみたい
(伊藤和浩)