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リッこら

Re:ALL製作委員会は一枚岩ではありません。日々委員どうしが小首を傾げ合いながら 冊子を作っています。彼らは一枚岩というよりはむしろ、ガラクタの山のようです。どんなガラクタが埋まっているのか。とにかく委員それぞれが好きなものを書きたいということで始めたコラム、気が向いたら読んでやって下さい。ひょっとしたら、使えるガラクタがあるかもしれません。

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とてもイタイ

2015年春、東京都にお住まいの大野力さん(仮名)はアンビリバボーな体験をした。この記録を信じるか信じないかはあなた次第だ。


平日から休日へと日付が変わる真夜中、僕はひどく酔っていた。築43年のボロマンションの2階に住み始めて一か月半、早くもシャワーから水しか出ないというトラブルに遭い、これからコインシャワーへ向かうところだった。銭湯は高いし、もう一週間近く体を洗っていないから行くしかない。普段はコインシャワー室の小汚さやそこに行くまでの手間を嫌う僕だが、酔ってしまえばコインシャワーすらレジャーのように思えて足取りは軽かった。
そうしてふらふらしながらもマンションの階段を下りた。夜中の住宅街に、僕の足音だけが響く。しかし、あと2段のところで足を踏み外し、気が付けば僕はうつ伏せで倒れていた。泥酔しているから派手なコケ方をしたのだろう。右の太ももはひどく痛んだ。痛覚の主張は激しいが、酔っていて意識がはっきりしない。僕は倒れたままさっきの状況を振り返った。

コッ、コッ、コッ、コッ、コッ、コッ、コッ、コッ、コッ、コッ、コッ、コッ、ズンッ!


僕は青ざめた。大変なことをしてしまったと気づいたとても有名な話だと思うが、階段が13段の201号室に住んでいると、怪奇現象が起こると聞いたことがあった。僕はまさに201号室に住んでいて、このマンションの1階から2階への階段は14段なのである…
みなさん、お分かりいただけただろうか。僕はあと2段のところで足を踏み外した。すなわち、ズンッ!まで含めて、計13段で2階から1階へ下りたわけだ。13段で地面に到着したということは、201号室に住む僕にとって様々な怪奇現象をもたらすスイッチを自ら押してしまったことを意味する。たとえ14段で階段は作られていようとも、人為を超越するものの前では13段で下りたという事実それこそが問題であると思った。

僕は太ももの痛みで起き上がることができなかった。全身が恐怖に包まれ、酔って赤いはずの顔も冷たく感じて震えていた。

そうして彼女と出会ったのは、それからすぐのことだった。

痛みと恐怖でゆがんだ顔を目の前の砂利道に向けると、一人の幼女が不思議な笑みを浮かべて立っていたのだ。距離は僕から3メートルくらいか。さっそく幽霊が出たと思う反面、かわいい、と思いちょっと和んでしまった。その幼女は僕に向って、こう言った。
「あたしね、飛んできたの。魔法が使えるんだよ。今からかけてあげる」
このとき僕は全てをあきらめた。2階、南向き、都心に近く便利、駅から徒歩7分、家賃は管理費込5万5千、風呂トイレ別、23平米でマンション、古くてもコスパが良くて最高なんて思っていた部屋にはやはりおいしい話ばかりではなかったというわけだ。僕は殺されるのだろうか。涙が出てきた。
「ほら、今お兄ちゃん絶望したでしょ。こんな小さい女の子の一言で、お兄ちゃんは涙を流して震えだしちゃうの。あたしの魔法はすごいでしょ」
幼女はこう言って数歩近づいてきた。僕の太ももの痛みは、さっきよりも増していた。
「君は何者なんだ?」
僕は力を絞り出すようにして言った。
「きっと後でわかるわ」
「何しにきたんだ?」
「あたしは何かあった人のところへすぐに行くのが決まりなの、だから来ただけよ」
彼女は無邪気にも見え、僕を馬鹿にしているようにも見えた。しかし、そういわれると今までの恐怖は少し消えたように感じた。
「僕はこれからどうなるんだ?」
「それはあたし次第ね。あたしは困った人を助けることも、その逆もできるのよ」
「幽霊なのか?」
「うーん、そうかもね」
「どこからきたんだ?」
「しらないわ」
なんだか会話をしていると、普通の幼女と変わらないように思えてきた。彼女はまだ幼稚園児だろうか。もちろん僕は幼女に詳しくないから、彼女のしゃべり方や、ひらひらのついた淡い服や、肩の上でバッサリと切ってある黒髪や、アンパンマンの顔の肩掛けポーチなど、いまどきの幼女として普通なのかはわからない。人間かもわからない彼女について、とてもかわいい、ということだけがわかった。実は僕の好みなのだろうか。

「何かあった人のところへすぐに行くって、さっき言ったよね?」
僕は聞いてみた。
「うん、言ったわ」
「君はまるで正義の味方、アンパンマンみたいなのか?」
「いやだわあたし、女の子よ
そう言って笑う彼女は、純粋にかわいいと思った。
「じゃあメロンパンナちゃんかな」
「そうね、なんだかお兄ちゃんとお話しするの、楽しいなぁ」
そうか、さしずめこの痛みはメロンパンナちゃんのメロメロパンチってところだろうか。すでに僕は今の状況が楽しいとさえ思うようになっていた。恐怖は消え、もしかするとこれから彼女との甘い日々が始まるような、春らしい考えも頭に浮かんでいた。しかし、太ももの痛みは変わらず、僕はうつ伏せのまま顔を上げ、彼女は上から僕を見つめているのだった。二人の間には、今もほどほどに距離があった。

「何歳なの?」
「しらない。ずっと昔から存在して、これからもずっと存在し続けると思うわ」
「死なないの?」
「死ぬ、のかな?でもあたしが死んだらみんな大変なことになっちゃうわ。私がいるからみんな怖がって、安全に生きようとして、今の世の中があるもの」
やはり意味がわからないが、彼女は偉大な存在なのかもしれないと思った。本当の姿を隠すために、か弱い幼女になりすましていると考えると、特別な違和感はなかった。しかし、もはや本当の姿というのはどうでもよかった。僕は彼女に恋をしていた。つくづく恋は盲目だ、なんて思ったりした。しかも、彼女は僕にこう言うのだった。
「お兄ちゃん大好きよ。みんな私を見ると逃げちゃうの。今夜はもっとお話ししたいなぁ」
痛みで立てないからそもそも逃げようがないわけだが、そう言われて感涙を抑えられなかった。涙の味はいくつあるのか考えながらも、僕はもう一つ質問をした。
「ちょっと待って。みんなっていうのは、やっぱり君は僕以外のところへ行っちゃうの?」
「うん」
彼女は寂しげに答えた。
「あたしはそういうものなの、お兄ちゃんとこうしていられるのもわずかなの」
「そうなんだ、でも今夜だけは一緒にいたい」
「ほんとに?」
すると彼女はお菓子をもらって喜んでいるような無邪気な表情をつくり、僕のほうへゆっくりと歩いてきた。しかし、手と手が触れ合う前に、僕の我慢が限界を超えた。


「うぁぁぁぁぁぁ!」

僕は叫んだ。太ももの痛みが暴れ出したのだ。その時彼女はひどく悲しい顔をしていた、と思う。

「ごめんね、やっぱりお兄ちゃんも同じね。あたしが近づくとみんなこうなって逃げちゃうの」
僕は恐怖を再び感じた。やはり彼女は幽霊で、人を恐怖へ陥れる魔法を使うのだろう。彼女を愛おしいと思った自分を恥じた。
「立ち去ってくれ!すぐに僕の前から!」
僕は痛みと恐怖で顔が引きつり、そう言ったつもりだがちゃんと言葉になっていたかもわからない。酔いはとっくに醒めていたと思う。
「ごめんね…」
そして彼女は泣き出した。幼い泣き顔は僕の胸をひどく傷めたが、もうどうしようもなかった。痛みが頭を支配していた。汗と涙が止まらず、彼女もその場で狂ったように泣くばかりだった。
「ごめんね…」
そう彼女は言い続けた。しだいに僕は叫ぶ気力がなくなり、しくしくとひたすら痛みと戦い続けた。彼女も同じく、泣き声がだんだん静かになっていった。

どれくらい時間がたっただろうか。まだ空は暗いままだが、やたらと時間は経ったように感じ、お互いそれ以上一歩も近づきも離れもしない状態が続いた。痛みのあまり、意識ははっきりしなかった。地獄っていうのは、マグマの海なんかではなくて、まだ寒さが残る東京の夜中の、ボロマンションの入り口に存在していたと誰が知っているだろうか。

やがて彼女は泣き止んで言った。
「ごめんね…もうお兄ちゃんとはバイバイしなきゃ。少しでもあたしと仲よくお話ししてくれてありがとう。またどこかで会いたいな。本当にごめんね…」
僕は痛みで返事ができなかった。
「最初に言ったよね。あたしはね、魔法が使えるのよ。今からいちばんすごい魔法を使ってあげるわ」
僕は死を覚悟した。恐怖を超越したら死しかないだろう。
「その呪文をとなえてバイバイだね…」
すでに彼女の顔から幼さが消え、冷淡な微笑が浮かんでいた。だが声はすごく弱
弱しいから、彼女に対する情みたいなものも僕の中で掻き立てられた、と思う。

しかしその直後、彼女の顔に幼い無邪気さが再び表れた。



「いたいのいたいの~ とんでけー!!!」



彼女はそう叫ぶと、一瞬でどこかへ消えてしまった。同時に僕の太ももで暴れていた痛みも消えた。静かな夜明け前のことである。

「そうか、彼女は、いたいの だったんだ…」

僕は泣いた。叫び声をあげて泣いた。頬をつたい口に入るそれは、痛みの味だった。もう太ももの痛みはなかったけれど、心が痛いのだ。こんなときに、彼女は来てくれないのだろうか。

肌寒いせいか、くしゃみが出た。
「ふぃ、ふぃっくしょん!!」

それから気が付くと、僕は布団の中にいた。南向きの和室の遮光性の低いカーテンからは、もうそれなりに強い日差しが入っていた。あれは夢だったのだろうか。身体がやたらとベトベトするから、昨晩も結局コインシャワーに行っていないことは明白だった。そして太ももには、昨晩よりは軽いけれど痛みがあったことに、僕はひどく喜んだ。
「やっぱり彼女がいる!決して近くではないけれど、常に彼女がいてくれる!この痛みよ、消えないで…」

あとがき
それからすぐ大学へ向かいましたが、彼女のせいで上手に歩けず時間がかかり、土曜2限の会議に遅刻したことを謝罪します。しかし、これは僕といたいのとの共同生活の序章にすぎないのです。常識では考えられない出来事、あなたの身に起こるのは、明日かもしれません。
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