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リッこら

Re:ALL製作委員会は一枚岩ではありません。日々委員どうしが小首を傾げ合いながら 冊子を作っています。彼らは一枚岩というよりはむしろ、ガラクタの山のようです。どんなガラクタが埋まっているのか。とにかく委員それぞれが好きなものを書きたいということで始めたコラム、気が向いたら読んでやって下さい。ひょっとしたら、使えるガラクタがあるかもしれません。

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幸福は一夜遅れてくる

春になって、西に住む友達が東京に出てくると聞いて、6年ぶりの再会を果たした。久しぶりの対面にはやはり緊張した。。変わっていないだろうか、不良になっていないだろうか、送信ボタン一つで簡単に連絡の取れるこの時代に、メールアドレスのわからない彼女への連絡方法は、卒業式の日に貰ったそれぞれの住所一覧をあてに書いた手紙だけであり、返ってきた手紙の少し癖のある字をみても、彼女の様子はちっとも伺いしれなかったのである。しかし実際にあってみると、姿かたちに変化はあれど笑顔がやはり彼女そのものだった。

今から6年前、なんともここからはすっかり離れた南国の地で、配られた卒業冊子なるものの最終ページには、女子学生特有のまるまるとした字で太く、黒く<みんなNo.1!!>と書かれていた。クラスの一部の人の発案に始まったその企画は、当人たちの手によって、どんな分野であれクラスメイト各々の一番が発掘され、卒業冊子という場を借りて、皆の目にさらされたのである。彼女のNo.1はといえば、まさに「笑顔No.1」。明るいキャラクターで、よく笑う溌剌とした子として、皆から親しまれていた。誰だって簡単に作れるはずの「笑顔」で一位を取れるなんていうのは、当時の私にせよ今の私にせよ本当に流石H子だなあというためいきしか漏れない。私はといえば、決して忘れはしない、「勉強熱心No.1」の称号を頂いたのである……このことは思いだす度になんとも言えず苦笑してしまう。いかにもガリ勉そうだけど、才能はともなってないのよね、との声が聞こえるようである。何をやっても駄目な私の、切ない人生を決定づけるようなエピソードだ。頑張っているように見えるなら、頭の良さNo.1にしてくれればいいのに。熱心て……………。

ずらずらと書かれた一覧には様々な語彙が踊る、「百人一首No.1」「読書No.1」「おもしろさNo.1」・・・。数々のポジティヴな印象の語句の中で、自分のだけが異彩を放っているように見え、同じような人が居ないか一覧表とにらめっこしていた。

そういえば、一人だけ同じような人が居た。「静けさNo.1」。そもそも、静けさの価値は人により違う。「頭の良さ」や「足の速さ」などのように、手放しにプラスの事だとは喜べない複雑さをこの言葉もまた、持っている。この一覧を作った彼らが、静けさに価値を感じているとは到底思えなかったのだが、この称号にうけた彼はどう思ったのだろうか。私はこのNo.1一覧の件を経て、卒業式という別れの日に、彼に妙な仲間意識を抱き、以来心の中で彼を「静けさ」と呼んだ。在学中に私が彼とした会話はほとんどないが、トウキョウに戻ってきてから私達は同じ沿線に住んでいるようで、卒業後も電車の中でふと彼が本をよんでいるところをみかけるようになった。静けさは寡黙ではあったが、まったく喋らなかったわけでもなく、トウキョウで初めて会った日は互いに感動してよく話した。至って自然にしゃべった。いつだったか、静けさが電車内で分厚い本を読んでいた。
―面白いのそれ?
―面白くない。でも、幸福は一夜遅れてくる、と思っちゃって諦められなくて、なんだかんだ半分まで読んだ。
―幸福は一夜遅れてくる?
―うん。幸福を待って待って、とうとう堪え切れずに家を飛び出してしまって、 そのあくる日に、素晴らしい幸福の知らせが、捨てた家を訪れたが、 もうおそかった。それと同じように、僕が読むのを辞めた、その直後の文章から面白くなるんじゃないかと・・・

そう話したのを最後に、路線を変えたのか、静けさとはめっきり会わなくなった。別に彼に特別な感情があるわけでもないが、どうも気になって前に静けさが下りた駅で待ってみたことがある。そうしたらいくら待ってもやはり来ない、しかしこの次は来る、この次は来るはずと思っているうちに22時になり、一体私は何をしていたんだかと呆れたばかりだったが、私が帰った直後に到着した電車にちょうど彼が乗っていたような、そんな気がどうもする。そんな時不意に「幸福は一夜遅れてくる」という言葉が聞こえてきて、その時初めてなるほどと思った。「勉強熱心」な私は、この言葉の出典との再会を後々ちゃんと果たしたのであるが、私は出会った言葉をあんな風に貯め、活かすことが出来るだろうか。静けさの向こう側にはきっと言葉のタンクがあって、何かの瞬間が訪れると、そこにたまった水をゆっくりと汲みだしているような気がする。静けさを埋めるように動く世の中で、静けさの内に貯めた言葉と同時に、新たな言葉が湧き水の様に溢れ出るのではと楽しみにしたりする。

そうだ、H子の話をしていた。よく考えたらなぜ笑顔の人気者が、勉強熱心なんかと仲良くしているのだろうか?思い出す。プールサイドにあった傘のある電灯を見てキノコだと笑いあっていたのを思い出す。西出身のなまりのある発音を思いい出す。
―あんためっちゃのりいいな!
―糊??
―ちがう!ノリ!

あくまで勉強「熱心」に過ぎない私は、貯めた言葉のタンクにほとんど蓋をして、いざ使わんとした時には気圧で蓋が開かない!みたいな感じだろうか。そしてそれを補えるような明るさも、笑顔も持ち合わせていない。春の夜の都心で、夜であって夜ではないように明るい電飾の町で、H子が不意に言い放った「あんた、変わってないな!!」の言葉に安堵しつつ、苦笑を漏らした。底抜けに明るいH子のようにも、言葉を知る静けさのようにもなれない私は、明日は来るだろう幸福や芽生える才能を信じて今日もまた眠る。幸福は一生来ないとわかっていながら。などと、何事にも勉強熱心な私は今日も大真面目に、何の解決にもならない事を延々と考えるのである。

出典:太宰治『女生徒』
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