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リッこら

Re:ALL製作委員会は一枚岩ではありません。日々委員どうしが小首を傾げ合いながら 冊子を作っています。彼らは一枚岩というよりはむしろ、ガラクタの山のようです。どんなガラクタが埋まっているのか。とにかく委員それぞれが好きなものを書きたいということで始めたコラム、気が向いたら読んでやって下さい。ひょっとしたら、使えるガラクタがあるかもしれません。

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Dancing together


 日々はダンシング。僕たちは狂ったように夜を過ごす。きっとそれは僕たちだけの特権。だから、真夜中はダンシング、ダンシング。場所なんてどこだっていい。皆何を考えているのか分からない、分かるはずもない。でも、ダンシング、ダンシング。ああ、もう疲れたな。けれど、あの子が手を取ってくれるから、ダンシング、ダンシング。夜通し僕らは踊り続ける。




「また懲りもせず踊っていたのか?」
 朝、僕が起きると父はそう問いかけた。
「うん。疲れたな」
「どんな踊りだ? 楽しかったのか?」
「僕たちにしか分からないよ。語るだけ無駄さ」
 父は右手に焼きたての食パンを持ち、かじりながら僕の話を聞いていた。端からイチゴジャムがストライプのスーツに垂れた父はそれを全く気にせずといった様子でパンを消化していった。
「俺が若いころも踊ったものだ。バブルで金が溢れていた。当然それは親を通して俺たち若者の懐に流れ込んできた。夜通しディスコで踊り明かしたさ。女のケツを追いかけていたもんだ」
「僕たちはそんなことしないよ」
「何故だ?」
「何もかもがまがい物だからかな」
 僕たちは快楽を求めるまでもなく、ただ空間を彷徨う。それが必要かどうかなんて分からないのに、行動に駆り立てられる。僕たちはいついかなる時も踊り続けている。ディスコは常にあり続ける。
「まあいい。俺は仕事だ」
 父は最後の一切れを口に運ぶと、コーヒーでそれを一気に流し込んだ。
「うん。行ってらっしゃい」
 僕は手を振って父を見送る。スーツにジャムを付けたまま、父は外に出て行った。
 時間は8時半を回った所だった。キッチンの片隅を、ゴキブリが横切っていくのが見えた。そろそろ出かける時間だ。昨晩踊っていた疲労感は嘘のように消えていた。今からなら、踊れる。
 冷蔵庫から牛乳を取り出す。パッケージには牛の絵がでかでかと描かれている。注ぎ口近くにある賞味期限は「2013年11月19日」と記載されている。それを見て今日の日付を思い出そうとするものの、思い出せない。しかしそんなことは些細な問題にすぎない。外は寒くなり始めている。冬に入った。必要な情報はその事実だけだ。
 ちょうど200ml分をコップに注ぎ、一気に飲み干した。そして、僕たちは踊り始める。
「おはよう」「ほら、私の手を取って?」「分かっているよ。昨日は眠れたかい? 夢は見た?」「夢は見ていない」「僕も同じだよ。悔しかっただろう?」「とても」
僕たちは挨拶を交わす。


 大学に着くと、寄り道をせずに教室に入った。すると、僕の死角を突くように一人の友人が姿を現した。
 彼は隣の席に座ると、鞄から教科書を取り出し、机の上に広げた。
「おっす。宿題は?」
「25ページの問題3」
「やってねーな。見せてもらってもいい?」
「別にいいけど」
 彼の頼みを素直に聞き入れた。僕は自分の解答に対する独占欲や自尊心といった類のものは何一つ持ち合わせていない。
 他の友人たちも疲労感を隠しきれていない様子でぞろぞろと教室の中に入ってきた。皆異口同音に宿題の範囲を聞き、答えを共有し始めた。
「つーか俺今日3時間しか寝てねーんだよな」
 僕の宿題を写し終わると、彼はぐったりしたように呟いた。
「課題? バイト?」
「12時までバイトしてた。ま、深夜時給だから良いけど」
「その後は何してたの?」
「彼女とずっとライン。途中でめんどくさくなって未読放置してる。寝落ちってことで許してもらえっかなー」
 彼は500mlペットボトルのお茶を一口飲んだ。目線はスマートフォンに向かっている。その画面が目に入った。名前欄には「りお」と黒の太文字で書かれている。その左のプロフィール画像欄には、少し可愛いクマのぬいぐるみの画像が貼り付けられている。未読を示す緑のランプの中央には「6」という数字が浮かんでいた。
 だりーわ、と彼がつぶやくと、踵を接したように担当教師が教室の中に入ってきた。眠そうな声で名前を読み上げ、僕たちも眠そうな声で返事をする。ある種の儀礼である呼名が終わり、先生は小問ごとにクラスメイトの名前を当て、板書を指示した。幸いにも僕や友人たちは誰一人として問題を当てられなかった。手持無沙汰な僕たちは、世間話に興じる。
 そうして、つつがなく授業時間の90分は過ぎていった。第二外国語の授業というのはどこかやらされている感じが教室中に満ちている。学生がしている行動もバラバラで、真面目に先生の話に耳を傾ける人もいれば、寝ている者、ケータイをいじっている者、別の授業の予習をする者など十人十色だ。なぜ皆が真面目に授業を受けないのか、と考えるだけ無駄であるし、いくらご高名の先生が教壇に立ったところで逸脱した行動を為す者は必ず出てくる。その可能性を最大に加速させたものこそが、第二外国語の授業なのだろう、と僕は自分に結論付け、教室を後にした。


 今日の授業は1限の第二外国語のみだった。昼を食べずに僕は家に帰る。道中目に留まった本屋に入って、本の表紙を眺めていた。平積みにされた表紙はまるで八百屋の軒先のように色鮮やかだった。少し惹きつけられたタイトルや表紙の本を手に取ったが、最初の数行を読んだだけで棚に戻した。
 結局何も買わずに外に出た。ここから僕の家までは歩きで15分ほどだが、途中傾斜がきつい坂道を登らなければならない。行きは坂道を降りるだけなので楽だが、帰りは少し辛い。
 坂道の途中に差し掛かると、黒猫が僕の前を横切った。黒猫は集合住宅のゴミ捨て場に跳び込み、透明な袋に爪を入れた。細長い林檎の皮が露わになった。だが、黒猫はそんなものに目もくれず更に最深部を探っていった。錆びたような色の食材が次々と外に出て、異臭が漂う。
 黒猫は魚の骨を咥え、早足で立ち去った。お目当てのものが見つかったみたいだ。僕、いや人間にとってはガラクタだが、猫にとっては宝物に違いない。猫に小判ということわざが思い浮かんだ。小判の価値が分かるのは人間だけだ。だが、猫にとって価値のあるものを人間が理解しているのか。猫にとって魚の骨は、人間にとっての小判と同じ価値のあるものなのではないだろうか。猫を価値の分からぬ無能な動物だと貶め、人間は時に生物としての優越感に浸る。何ともまあつまらないエゴだ。


 もう間もなく家に着く。今日も今日とて僕たちは踊り続ける。刺青のように、逃れられない物として。踊る、踊る。ダンシング、ダンシング。太陽が東から昇り、西に落ちる限り僕たちは変わらない。
でも、別にそれも悪くない。
ステージなんていらない。目立つ必要なんてない。ただ広い空間さえあれば、どこでも踊ることが出来る。きっと人生って、僕たちって、そんなもんだ。
                           (栗山 直樹)
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