一瞬、日差し日の光が差し込んできて 目がくらんだ。ワタシが住んでいるのは、薄暗闇の中。周りにいるのは、同じように暮らす仲間だけ。初めて出会った誰かさんも、目の前を通り過ぎていく大勢のうちの一人 。もう二度と見ることはない。
誰とも仲良くすることなんてないと思っていた。そんな必要ないと思っていた。誰だって目の前を通り、ワタシたちを惑わすだけ惑わし、すぐに去っていく。思い入れれば思い入れるほど、別れがつらくなるだけ。小さい頃から、そう教え込まれていたし、信じていた。彼が現れる前までは。
あの日、彼は誰よりも甘くささやきかけてきた。それまでも甘い言葉をかけられたことは何度かあったが、彼のような・・・なんていうんだろう、「甘ったるさ」は初めてだった。ぬぐいきれないような。絶対に忘れられないような。そして、一緒にいる時間が長かったような気がする。なんで、彼は早く去ってくれなかったのだろう。こんなにも強く離れたくないと思ったのは初めてで、こんなにも一緒にいて怖いと思ったのも初めてだった。
あなたの話を思い出す。あなたには、その精神までやられるほどに「暗闇」を広げられた知り合いもいたって。身体の一部を失った知り合いも。
気をつけすぎるなんてないんだからね、もともとあんたトロいんだから、気を許しちゃ絶対ダメ!わかった? ・・・笑顔。あなたの姿を思い出す。精神までやられたというあなたの知り合いのように朽ちていくあなたの姿。明るい彼女の面影はどこにもなかった。どこまでも闇に堕ちておちて堕ちて、彼女は消えた。
ワタシもあなたと同じ運命なの?
それからワタシが「暗闇」に堕ちるまで、そんなに長くかからなかった。溺れるのに時間は必要ない。話には聞いていたけれど、実際に堕ちるのは初めてだ。頭の冷静な部分でそんなことを考えていた覚えがある。ふたりでどこまでも「暗闇」に堕ちていく。闇の底は見えず、深まるばかり。
知ってる?
まだそれが暗闇とわからなかった彼女、まだ明るかった彼女は、いたずらっ子のような笑顔で得意気に話し始めた。私たちだけでは「暗闇」に対抗することはできないんだって。ふっと意識を失って、気づいたら自分の身体に傷があるって。傷の大きさはよくわからないけど「暗闇」と一緒にいた時間と比例して大きくなるらしいよ。・・・笑顔。
あなたは「暗闇」と一緒にいすぎたのね。ワタシを置きざりにしていなくなるなんて。
痛い。どうしよう、痛い。「暗闇」が大きくなるにつれ、ワタシの中の「暗闇」を怖いと思う感情は薄れ、同時に今まで芽生えたことのない感情と痛みが膨れていった。毎日通り過ぎる大勢のうちの誰か さんに心惹かれることは時々あっても、こんな感情を抱いたことはなかった。彼は誰からも望まれない存在。私のもとからいなくなったら、もう会えない。直接言われなくても、ワタシにだってそれくらい理解できる。
一抱えの幸福に酔った。酔いがさめた後、は必ず不安になった。これが夢になるんじゃないかと、彼があの子みたいに消えてしまうんじゃないかと。そう思うと、ますます彼から離れがたくなってしまう。
つらい感情なのに、そばにいていつも恋しい。戻れないんだろうか。彼と会う前の私に。これが幸福か。これでいいのか。毎晩眠る前に思い、毎朝目を開けて考えた。本当はわかっているけれど、わからないふりを続けたかった。痛い。言えない。どうしよう。
ワタシはそこで意識を失った。
机の上には、既に空になったチョコレートの箱と緑茶のペットボトル。パソコンを打ち込みながら、頬をおさえた。なんだか歯が痛む。この前治したばかりなのに。放置しすぎたからか、久しぶりに銀歯が増えたし。歯みがきしてこよう。私は書きかけのWebコラムを保存して席を立った。
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